こんな彼らの日常 :...............................「セカイハソレヲ恋トヨブンダゼ!」(5/2発行既刊)より







 平和島静雄は、その日も屋上で昼寝をしていた。給水塔の上から見える空は高くきれいだ。すぐそばにはビルが見える が、まっすぐ見ると、空が青さをまして広がっている。きれいな空だなあ、そう思った。
 先日、上級生をシメてから、やつらはおとなしい。彼はつかのまの平和な学校生活を送っていた。今はそのうちでも至福のひととき、放課後の「昼寝」の手 前。まあ、上級生がおとなしいも何も、ケガで動けないから仕方がない。先日、「つい」「再起不能」に「してしまった」からだ。
(俺は暴力が嫌いなのに……)
 キレやすい自分の性格はよくわかっている。だからカルシウムが足りないのかと飲むようになった牛乳は、とんでもない量だし、(もちろんそのためだけでは ないが)しかし、それで体を使うたびに肉体のそこかしこが唸りをあげ、こわれて、そしてまた再生していくことを静雄はしっていた。
(最近は……体つくれてきたんだろうか。あんまりバキバキ言わねえし。なんとなくのセーブもできるような……)
 まあ、セーブできるというのはあくまでも「当人比」「自称」であって、一般的にはまったくセーブできていないのであるが。残念なことに、まだ世間知らず の静雄少年は、それがどれだけ並外れているかを自覚しつつも、その「幅」が世界的にも異常だとは……あまりわかっていなかった。
 しかし、そんなこんなで校内では手はだされなくなった気がする。まあ、そうすると他校からも目をつけられるのだが。あの、先輩と認める田中トムの言葉を 静雄は思い出していた。

―― 暴れるだけ暴れるってのもいいかもしれねえぞ

 静雄が「実は喧嘩/暴力が嫌いだ」と知った彼の提案だった。暴れるだけ暴れて、もう「平和島静雄には喧嘩をうってはいけない」とおもわせる……確かに田 中の言うことは一理あるかもしれない。暴れるだけ暴れ目立ち、喧嘩を売らせないようにする。それで平穏な生活が手には入ればそれでいいが……それまでに暴 力をふるわなくてはいけないのか、そう思うとやはり乗り気にはなれなかった。
(金髪、ねえ……)
 自分の暗い髪色を見てみる。指先でちょいっと触ると柔らかい髪質。弟のとは少し違うが、さらっとしている、純日本人。目つきは悪いと思う。体もどんどん 大きくなってはいるが、中学生の中ではまだ並よりちょいでかいくらいだ。これと言って、確かに外見的な特徴はない。
 まあ、しかし、髪の毛を染めようにも金がないし、くだんの先輩、田中先輩と話をしていたとおり、体をいじるようで、なんだか親に対しても後ろめたかっ た。ただでさえ、「自分はあまり望んでいない」「暴力沙汰」で迷惑をかけていると思っているのだ。静雄は家族には申し訳ないと思っていた。しかし、キレて しまうものは仕方がなく、いつもその後には自己嫌悪に陥っている。
 そんな彼も中学に入って少し変化があらわれた。いろいろな意味で、だ。まずは喧嘩の量と相手が増えた。それはほんとうにうんざりしている。どうして俺を ほうっておいてくれないのか、そんなことばかり思う。
 しかし、そんな彼にも理解者(と彼は思っている)が現れた。それは、同じ中学の先輩である、田中トムである。
 田中先輩とはいい関係でいていると思っている。いつも自分は怖がられていて、近くにいるのはこの特異な体に興味を持つ変な医者の息子と、弟くらいのもの だった。いつも遊んでいた近所の子たちも、自分の力が大きくなるにつれ、離れていった。そんな中で、研究対象であれ親愛であれ、近くにいてくれる人のこと は大切にしたいと思っている。田中先輩も静雄の中ではそのうちの一人だった。
 静雄は喧嘩時以外は派手ではない。無口でおとなしくて、キレさえしなければ、「ふつう」だと自分では思っていた。本人が自覚がまったくないだけで、外見 はいいのだが、それに関してはふれないことにして。
 田中はたまに昼飯でもどうだと誘ってくれたり、学年が違うにも関わらず、学校にあまりなじめない静雄の面倒をよく見てくれていると思う。
 校内や近くで他校から喧嘩を売られた後や翌日、どこかできいていたか見ていたんだろう、「まーそう落ち込むことねーべ。向こうさんが仕掛けてきたんだか らさ」とわざわざ声をかけてくれるのもうれしい。静雄が自己嫌悪に陥っているとわかってくれているのだ。
(田中先輩は……まじでいい人だ)
 最初はどうなんだろうかと思っていたが、自分は……恥ずかしいことに懐いてしまっていると思っていた。前に屋上で田中先輩と他の上級生が話していたのを きいてしまった時も、彼がきっちりと「あいつは犬じゃない」「暴力が嫌いだ」と言ってくれたのは驚いたし……すごくうれしかった。
 なんだか甘えすぎていた自分を許容されている気分になる。今日は田中先輩は朝はまだ来てなかったなあ、とか、通った彼の教室をさりげなくチェックしてし まうくらいには、甘えていると自覚している。
(今日、きてねーのかな。先輩にテスト勉強みてもらえねーかなあ。中学のテストってどんなのかわかんねえ……)
 ぼんやりと空を見ながら、先輩を思っていると、屋上の扉があく音がきこえた。すぐに給水塔にのぼってくる音がして、やべっと体を起こすと、そこには先ほ どまでぼんやりと考えていた田中先輩、その人がいた。
「よっ、やっぱここだったかー」
「……ぅす」
「ほら、これおごっちゃる」
「あ、いいんすか……」
 ほらよ、とジュースを投げ、田中は静雄のすぐそばにきて座った。
「ありがとうございます……」
「んー」
 臨時収入はいったかんな! と田中はうれしそうにしている。静雄はありがたくそれをいただきつつ、プルタブをひくと喉をごくごくとならして一気に飲んだ。
「あ、さすがに自販機に牛乳なくてさ。わりー」
「いえっ! まじ、うれしいっす」
「ははっ、ジュース一杯でそんな大げさだなー」
 田中は笑うと、静雄に、昼寝してたんかーと言う。
「お前、テスト大丈夫なのかよ。授業受けてんのか心配だぜ?」
「う……す」
「まー俺もそうできる方じゃねえけど。なんならちょっとくらいは見てやれるぜ?」
「! まじっすか!」
「お、食いついたな。そのかわり、なんかおごれよ」
「ま、まじすか……」
 自分の小遣いを思い出してうなる静雄に、田中は冗談だよ、と笑って、静雄の頭をぽふぽふっとはねさせるようになでた。
「特別に受講料はタダにしてやろう」
「まじすか!」
「って、お前ね、俺が言い出したのに、金とるわけねーだろ。俺も一人だと逆に集中できねえからさ。お前の見ながら適当に覚えんべ。なんかみんな入院しち まってるし」
「あ……」
「お。わりーわりー。お前を責めたんじゃねえぞ? どうせあいつらがお前がキレるよーなことしたんだろ」
 また、ぽんぽんっと静雄の頭をなでて、田中は笑った。
 静雄は心中複雑だった。先日彼が病院送りにした最上級生は、あろうことか「トムを人質にとって平和島静雄をぶっつぶす」相談をしていたのだ。まさか、本 人がすぐそばできいているとは露とも知らず。そして、お約束通りにキレた静雄が、彼らを再起不能にした。
 静雄としては心配である。彼らが退院したあと、本当に田中が人質などにとられたりしないだろうか。痛い目を見せたとわかっているが、不安で仕方がない。 それを田中にも伝えるべきだろうか。しかし、彼らは一応つるんでいる最上級生同士の間でもあるのだろう。静雄がキレた理由をそのまま伝えるのは、いくら思 考が幼い静雄でも言うのをはばかられた。
「ん、どうした? だまっちまって。やっぱり気にしてたのか? あいつらがわりーんだから、お前悪くねえって。お前が意味なく切れるとかねえの、俺、わかってるし」
 ほら、俺が話題ふったのが悪かったなあ、わりーわりー。と田中は静雄に笑いかける。それを見て、ますます静雄は不安になった。
「た、田中先輩」
「なんだよ?」
「しばらく、一緒に帰っていいっすか」
「……は?」
「や、なんか俺の噂ひろまってんのか……よ、よからぬ連中が俺と田中先輩がつるんでるってきいて、先輩をさらおうとでもしたらって……!」
 彼なりにうまく誤魔化しつつ、危機感を促そうとしたのだが、それをきいた田中本人は……きょとん、としていた。そして、しばらくした後に下を向いて肩を ふるわせている。彼の髪がふるふる揺れているのを見て、静雄は彼が笑いをこらえているのだとわかった。
「な、な、なんすか!! 笑い事じゃ……」
「いや、悪い。お前ね……いや、ごめん。まじでごめん、笑わせて」
 はははっと笑った田中の目尻には耐えていたのか笑いすぎの涙さえ浮かんでいた。静雄はその反応にむっとしながら、危ないかもしれないじゃないすか! とむくれた。
「うんうん、そうだな」
「なんっすか! 笑い事じゃないかもしれないってのに!」
「うん。ごめん。お前……いいやつだなあ」
 お前さ、俺だって男ってわかってる? と田中は笑いながら言う。
「お前、それ、まるで女くどくみたいじゃね? 帰りをいっしょにって、中学生の健全なおつきあいだろー」
「……は?」
 田中の指摘の意味がわからなくて、静雄は数秒後にようやく理解し、かあああっと見てわかるほどに顔を赤らめた。
「ち、違うんっす! 俺が言ったのはそういう意味じゃな……」
「うんうん、わかってるわかってる。あーまじでお前……本気でやっさしーなあ」
 ははっと笑った田中は、うれしそうに静雄の頭をわしゃわしゃと乱すと、かわいいな、おまえ、とその眼鏡の奥でほほえんだ。
「俺、お前のそーゆーとこ好きだわ」
「!」
「でもさー、俺も男で先輩なわけじゃねえか。後輩を番犬がわりにすんのもなあ……なんつーか、こう、かっこつかねえよな」
「あ……」
 静雄は自分がですぎたことを言ったのかと、しゅんっとした。それを見て、田中は、違う違う、とまた静雄の肩をたたく。
「お前がそこまで気ぃつかう必要ねえってことだべ。いつもみてーに適当に一緒にかえって、適当に飯食うときはくってってすりゃいいじゃん」
「……うす」
「なにを思い詰めた顔してんのかと思いきや……ほんとお前マジメだよな」
「そっすか……ね……」
 こんなの田中先輩や幽相手くらいっす、というのは心の中でおいておいて、静雄はとりあえず田中が気を悪くしてなさそうなことにほっとした。
「あ、でも、結果的にはテスト前は一緒に帰るか。俺んち寄って勉強して帰ればいいだろ。たいしたもてなしはできねーけど」
「ほんとにいいんすか?」
「うん、いいって。さっきも言ったろ?」
「ありがとうございます!」
「ははっ、まじでテスト不安だったんか」
 そういう田中に静雄はこくりと素直にうなずく。そんな彼を見て田中はまた目を細めた。
「おまえ、もっと人に甘えた方がいいべ。なんでも自分でがんばろうとすんな」
「……?」
「んーん。なんでもねー。よし、じゃあ、早速今日からうちくるか!」
「い、いいんすか」
「おー。家には連絡しとけよ。遅くはなんねーからさ」
「はい!」
 静雄は、じゃあ行くべーと給水塔を先におりていった先輩のあとを少し遅れてからついていく。そして、田中が、あ、と思い出したように口にした。
「静雄、マック寄って買って帰るかぁ」
「え……」
 その問いかけではなく、違う言葉に静雄はきょとんとした瞳で返した。田中はどうした? と訊く。
「いや、その……」
「なんだよ」
「名前を呼ばれたなあって」
「は? あ、ああ! いやだったか?」
 田中の問いに静雄はぶんぶんと首を横に振って、いや、びっくりしただけっす、とうつむいた。
 なんだろう、こんなにも甘えていたと思っていたのに、そういえば、彼に名前を呼ばれたことがなかった。喧嘩をふっかけてくるやつから名前を呼ばれるとい らっとするが、この先輩からのそれは親愛がにじみ出ているようで……うれしい。
「平和島って呼びにくくてさあ。しっかし、名前にそぐわねえようであってるよな」
「え?」
「静雄、キレねえ時はおとなしいじゃねえか。喧嘩も嫌いだしさ。ま、一般的にはどう思われてっかわかんねえけどよ」
「……そんなことないっす」
 そう言ったものの、静雄は嬉しかった。いつも名前のことでからかわれていたからだ。
「そうだ。お前も俺のこと名前で呼んでいいぜ? 田中じゃ紛れちまうしなあ。みんなトムって呼んでんだし」
「う……」
 田中からの提案に静雄は少し黙った。トム? トムさん? トム先輩?? いろいろ考えたあげく、トム先輩、と呼んでみた。が、なぜだか呼びなれないし、なんだか気恥ずかしい思いでいっぱいになる。
「む、無理っす……なんか……無理っす」
「そっかあ?」
 ま、じきに慣れればいーだろー、と田中はさほど気にせずに静雄に笑いかけた。
 さって、マック行くかぁ! とうんっと伸びをする田中の背中を見て、静雄は目を細めて、まぶしいな、などと思ってしまうのだった。

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こういうのが好きです。エロも好きです。
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